TOP学校案内金蘭会クロニクル

金蘭会クロニクル

100年の歴史を経て、
自由な気風をもった女子校として、
特定の宗教との関係をもたずに
社会的に自立した女性を育んでいます

100年の歴史を経て、
自由な気風をもった女子校として、
特定の宗教との関係をもたずに
社会的に自立した女性を育んでいます

1891
(明治24年)

金蘭会の原点

金蘭会の原点
三好タネ 藤田ヤス 大西ツル 池田エタ
市立大阪高等女学校の第3期生たちが同窓会を発足させる
(現 府立大手前高等学校)

その同窓会は「金蘭会」
と名づけられた

1905
(明治38年)

金蘭会女学校の誕生

大阪府立堂島高等女学校(現大手前高等学校)の同窓会「金蘭会」が女子教育の機会を広げる為に北区曾根崎新地に金蘭会女学校を創立
金蘭会女学校の誕生

校名の由来

二人同心其利断
同心之言其臭如

易経の繋辞伝より志を同じくする者が一致協力すれば何事でも成し遂げることができる。また、立派な心を持っている者同志の言葉は、蘭の花の香りのようなかぐわしい雰囲気を醸し出すものであるという意の対句から「金」と「蘭」をとっています。

1908
(明治41年)

金蘭会高等女学校認可

当時、大阪府下の高等女学校は公立5校、私立3校、全生徒数2,402人でありそのうち金蘭会高等女学校の生徒は341人であった
金蘭会高等女学校認可
当時の金蘭会には十分な資金はなかった。
納屋のような建物の中で、教師は雨がふるたびに雨漏り用のバケツを持って走った。
教室の中も、ありあわせの机と椅子を並べただけであった。

当時の手記より

「日本に女学校がほとんど無い中で、入学試験不合格に泣く女子も多く、どうにかして助けてあげたい、と切実に思ったのです。」

1916
(大正5年)

財団法人化

財団法人 金蘭会高等女学校となる
1925
(大正14年)

同窓会「芳友会」を結成

収容定員が1000名に増加。同窓会「芳友会」を結成し、「金蘭会」より経営権を受け継ぐ

校旗披露式

1937
(昭和12年)

学内教育環境の整備

昭和10年より着工された現本館校舎・講堂・体育館建築が完成。
財政も安定し、学内の教育環境も整備された
学内教育環境の整備
1945
(昭和20年)

第三次大阪大空襲

昭和20年6月7日
米軍機B-29による大阪空襲を受ける。学校の周辺が火の海に。
校舎4棟が全焼
戦争は金蘭の教育にも大きな影響を及ぼした。
第三次大阪大空襲

過酷な時代を乗り越えて

戦後、金蘭会はさらに歩みを続ける。

過酷な時代を乗り越えて

1949
(昭和24年)

校訓公示

校訓公示
1951
(昭和26年)

学校法人化

学校法人 金蘭会学園となる。
1967
(昭和42年)

第2期復興校舎完成

全校舎の鉄筋改築が完了する。
第2期復興校舎完成
1973
(昭和48年)

30人学級制度導入

・一人ひとりの生徒を大切にしたい十分に関わりたい
・行き届いた教育をしたい
という思いから、「30人学級制度」を導入する

受け継がれていく建学の精神

学校をたとえ良い成績で卒業したとしても、習ったこと以外は知らない、という女性ではいけない。心と感性豊かな女性として、社会に出て行く必要がある。
人の心を思いやり、仲間と心を一つにし、誰かのために動き出せる女性であれ。

1983
(昭和58年)

校舎大改築完了

2005
(平成17年)

創立100周年を迎える

2007
(平成19年)

新校舎完成

新校舎完成
2018
(平成30年)

金蘭会保育園開園

金蘭会保育園開園
2020
(令和2年)

創立115周年

2025
(令和7年)

創立120周年を迎える

「金蘭」 に込められた想いは
新たな時代を生きる皆さんに受け継がれ
香しい蘭の花を咲かせていく